3日目は朝から、沖縄の歴史に触れるため、レンタカー借りて移動します。
ちなみに今日は土曜日で本業の仕事はせず、1日本業以外の時間に充てます。

ホテルから車で20分くらいのところにあるひめゆり祈念資料館。

朝イチ直ぐに向かったので、来場者は私一人だけ。
資料館に誰1人来場者がいないと、落ち着いて見ること出来ませんでした。
少し不気味な感じがして、サラッと見てひめゆり記念館を後に。
沖縄戦は、軍人よりも国の召集の名のもとに圧倒的に民間人が犠牲になった戦い。
ひめゆり学徒隊は中学生ながら陸軍病院なとで従軍看護などの活動をした方々です。
戦争当時の国の命令に従い、役目を果たした方々です。
今の私たちの置かれた環境とは全く違う時代背景でした。
その礎のもとに自分たちが存在していることは、しっかりと認識しておかなけばいけません。
祈念館を後にして、沖縄平和公園にも足を伸ばしました。

とんでもなく敷地が広いです。

お墓の数が、半端ない。都道府県ごとの墓とそれぞれの敷地もあって、カートで回れるくらいの広さで、実際にカートもありました。
お墓にはとても思い入れが強い県民性かなと感じます。
今回の旅の目的も、お墓の設計サポートをするため複業目的がメインです。
午後からはお墓の事業を始める方と、お会いし、お墓の打ち合わせしながらの、沖縄を案内してくれました。

まずは地元方御用達の、沖縄そばの店へ。

高台の住宅街にあり、米軍基地が一望できる見晴らし最高の場所。

3日連続で沖縄そばを堪能。トロトロの豚肉うまー。

そのあと車で嘉手納基地が一望できる道の駅へ。
そして、車で辺野古基地周辺へも。

辺野古周辺には、観光ガイドにも載っていないプライベートビーチがあり案内してくれました。
基地の米軍関係だと思われる人達が結構来ていて楽しんでいましたね。

沖縄基地は本島の一等地のど真ん中に米軍基地がある印象です。
沖縄の土地事情も教えて貰いながら案内してくれてしばしドライブ。

夜は国際通りに戻り、千円分のクーポンで飲んたり食ったりできるセンベロで、お店をはしごしまくり。
どうやってホテルに帰ったのか記憶が曖昧なくらい、飲んで楽しみました。
翌朝は、帰りの飛行機の時間までホテルでまったりと。

昼過ぎに那覇空港に移動して豚まんで昼飯。

仕事しながらの、観光しながらの複業もして、いくつもの要素が入り交じった旅となりました。
コロナのおかげで、働く場所か限定されなくなり、移動や観光しながら働ける環境に私はなりつつあります。
これまで固定されていた仕事や生活の概念が少しづつ溶けていってる実感が凄くあります。
こんな、働き方なら定年とかいらないですし、できる限り働き続けていきたい。
働けるってマジに楽しい。
そう思える、人生初の沖縄、人生初のワーケーションの旅になりました。