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ナイキ(NKE)の株価および近年の業績分析レポート(2025年5月現在)

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I. 要約

ナイキ(Nike, Inc.)は現在、株価が過去の最高値から大きく調整し、近年の収益および利益率の圧迫、そして成長再活性化を目指す戦略的転換期という、困難な局面を迎えています。在庫管理、変化する消費者需要、競争環境といった逆風に直面しつつも、同社はその強力なブランド力を活用し、イノベーションと洗練されたD2C(Direct-to-Consumer)および卸売戦略に注力することで、長期的な回復を目指しています。  

株価パフォーマンスについては、NKE株は史上最高値から大幅に下落しており、現在のアナリストの評価はまちまちです。これは不確実性を反映する一方で、もし好転戦略が効果を発揮すれば、潜在的な上昇余地も認識されています。 財務健全性に関しては、2025年度第3四半期(直近)の業績は減収と売上総利益率の縮小を示しており、パンデミック直後の数年間に見られた成長とは対照的です。2024年度は売上成長がごくわずかで、リストラ費用の影響も受けました。  

戦略的必須事項として、経営陣が掲げる「Win Now」戦略、製品イノベーションへの注力、アスリートを通じたストーリーテリング、そしてD2Cと卸売双方の市場チャネル最適化が、同社の将来にとって中心的役割を担います。 主要な課題としては、過剰在庫の解消、激化する競争、マクロ経済の不確実性、そしてD2Cと卸売パートナーシップのバランスを取りながら消費者の再エンゲージメントを効果的に行うことなどが挙げられます。  

II. ナイキ(NKE)株価分析

A. 現在の株価状況と最近の動向(2025年5月現在)

ナイキの株式(ティッカーシンボル:NKE、ニューヨーク証券取引所上場 )は、2025年5月初旬現在、1株あたり約58.59ドルから62.58ドルの範囲で取引されています。 具体的には、ある情報源では2025年5月12日に62.58ドル 、別の日付では62.39ドルで過去24時間に7.34%上昇したと報告されています 。また、2025年5月5日には58.59ドルとの記録もあります 。  

株価は最近、52週間の安値近辺で推移しており 、過去3年半での安値は52.28ドルとの情報もあります 。2025年に入ってから株価は23%下落したとの報道もあり 、顕著な下落傾向が見られます。  

2025年度第3四半期の決算発表では、希薄化後1株当たり利益(EPS)が予想0.30ドルに対し実績0.54ドルと予想を上回ったにもかかわらず、売上高の減少と将来の業績見通しの弱さが嫌気され、株価は下落しました。 この事実は、投資家が短期的なEPSの達成よりも、トップラインの成長と将来の見通しを重視していることを示唆しています。  

B. 過去のパフォーマンスレビュー

NKE株の52週間レンジは、約52.28ドルから98.04ドルの間でした。 これは、同期間の高値から大幅に下落したことを示しています。株価は2021年11月4日に史上最高値である179.10ドルを記録しましたが 、現在の株価はこのピークから大きく後退しています。長期的に見れば、1984年10月30日の史上最安値0.10ドルからは成長を遂げていますが 、2021年11月のピーク以降は弱気トレンドに入っており、さらなる下落の可能性も指摘されています 。過去1年間(2024年5月から2025年5月まで)では、ナイキ株は31.64%の下落を示しました 。  

C. アナリスト評価、目標株価、投資コンセンサス(2025年5月現在)

2025年5月現在、NKE株に対するアナリストの全体的なコンセンサスは、情報源によって「中程度の買い推奨(Moderate Buy)」または「ホールド(Hold)」となっており、慎重ながらも完全に悲観的ではない見通しを反映しています。 例えば、TipRanksの29人のアナリストによる評価は「中程度の買い推奨」(買い14、ホールド15)です 。WallStreetZenの22人のアナリストによる評価は「買い推奨」(強い買い8、買い4、ホールド10)ですが、同社の定量モデルでは「ホールド」と評価されています 。  

平均目標株価は、TipRanksで77.00ドル(直近株価62.58ドルから23.04%の上昇余地)、WallStreetZenで76.64ドル(同22.46%の上昇余地)、DirectorsTalkInterviews(複数のアナリストを引用)で74.36ドル(株価58.59ドルから26.92%の上昇余地) となっています。  

目標株価の範囲は広く、例えばTipRanksでは最低55.00ドルから最高120.00ドル 、Barchartでは最低49.00ドルから最高120.00ドル となっており、回復の速度と規模についてアナリスト間で意見が分かれていることを示しています。この目標株価の大きなばらつきは、ナイキの事業再建に関する不確実性の高さを浮き彫りにしています。これは、NKE株が現在、戦略的イニシアチブの実行次第でリスク・リワードの高い銘柄であることを示唆しています。  

最近のアナリストの動き(2025年5月および4月下旬)は以下の通りです。

アナリスト機関 アナリスト名 評価日 評価 目標株価 前回目標株価 上昇/下落余地 出典
Barclays Adrienne Yih 2025/05/12 ホールド $60 $70 -4.12%
BofA Securities Lorraine Hutchinson 2025/05/08 買い $80 +27.84%
J.P. Morgan Matthew Boss 2025/05/05 ホールド $56 $64 -10.51%
Wells Fargo Ike Boruchow 2025/04/30 ホールド(格下げ) $55 $75 -12.11%
Citi Paul Lejuez 2025/04/25 ホールド $57 $72 -8.92%
DBS Alison Fok 2025/04/23 買い(格上げ) $115 +83.76%

アナリストのコメントでは、売上減速、利益率への圧力、在庫整理、事業再建戦略の有効性に対する懸念が共通して見られる一方で、ブランド力と長期的な潜在力も認識されています。 株価の下落をエントリーポイントと見るアナリストもいます 。株価が2021年のピークから大幅に下落しているのは、一部でEPSが予想を上回ったにもかかわらず、投資家が短期的な収益性よりも売上成長の持続可能性と利益率の健全性を懸念していることを示唆しています。特に、2025年度第4四半期の弱い業績見通し(売上高が前年同期比で10%台半ばの減少、売上総利益率が400~500ベーシスポイント低下) がセンチメントに重くのしかかり、過去の配当成長の実績を打ち消しています。  

D. 配当政策と株主還元

ナイキの配当利回りは約2.6%~2.73%です。 同社は配当支払額を増加させてきた確固たる実績があり、2024年度第3四半期時点で22年連続 、2025年度第3四半期時点で23年連続の増配を達成しています。  

また、2022年6月に承認された180億ドル規模の自社株買いプログラムに基づき、積極的に自社株買いも実施しています。

  • 2024年度:株主に約64億ドルを還元(配当22億ドル、自社株買い43億ドルで4,140万株を取得)。  
  • 2025年度第3四半期:約11億ドルを還元(配当5億9,400万ドル、自社株買い4億9,900万ドルで650万株を取得)。2025年2月28日時点で、同プログラムの下で累計1億1,930万株、約118億ドル相当の自社株買いを実施済みです。  

増配の実績は、パッシブインカムを重視する投資家にとって魅力的です 。経営難や株価下落の中でも一貫して増配を続けていることは、経営陣の長期的なキャッシュフロー創出力への自信と株主還元へのコミットメントを示唆しており、特定の投資家層にとっては安定材料となり得ます。  

III. 近年の財務および経営成績

A. 全体的な財務健全性(2020年度~2025年度第3四半期概要)

ナイキの近年の財務状況は、成長期と調整期が混在しています。売上高は2020年度の374.0億ドルから2023年度には初めて500億ドルを超える512.2億ドルへと増加しましたが、2024年度は513.6億ドルと微増にとどまりました。 直近の2025年度第3四半期売上高は113億ドルで、前年同期比で報告ベース9%減、為替中立ベースで7%減と落ち込んでいます。  

純利益は、2020年度の25.4億ドルから2022年度には60.5億ドルまで増加しましたが、2023年度は50.7億ドルに減少し、2024年度は57.0億ドルに回復しました。 希薄化後EPSも同様の傾向を辿り、2025年度第3四半期は0.54ドルと前年同期比30%減でした。  

売上総利益率は変動が大きく、2022年度の46.0% から、原材料費や運賃の高騰、値引きの増加により2023年度は43.5%に低下しました 。2024年度は戦略的価格設定や運賃低下により44.6%に改善しましたが 、2025年度第3四半期は再び41.5%へと大幅に低下しました。これは、値引きの増加、在庫評価損、製品コストの上昇が主な要因です。  

主要財務指標サマリー(2020年度~2024年度および2025年度第3四半期)

会計年度/四半期 総売上高 (十億ドル) 売上成長率 (YoY %) 売上総利益 (十億ドル) 売上総利益率 (%) 営業利益 (十億ドル) 営業利益率 (%) 純利益 (十億ドル) 希薄化後EPS (ドル)
2020年度 $37.40 $16.24 43.4 $2.00 / $2.49 (注1) 5.3 / 6.7 $2.54 $1.60
2021年度 $44.54 +19.1% $19.96 44.8 $6.14 / $6.94 (注1) 13.8 / 15.6 $5.73 $3.56
2022年度 $46.71 +4.9% $21.48 46.0 $5.83 / $6.65 12.5 / 14.2 $6.05 $3.75
2023年度 $51.22 +9.7% $22.29 43.5 $5.06 / $6.20 9.9 / 12.1 $5.07 $3.23
2024年度 $51.36 +0.3% $22.89 44.6 $6.69 / $6.55 13.0 / 12.8 $5.70 $3.73
2025年度第3四半期 $11.30 -9.0% $4.69 41.5 $1.0 (注3) 8.8 $0.80 $0.54

   

注1:営業利益はの数値。カッコ内はの営業キャッシュフローから推測した数値。 注2:営業利益はの数値。カッコ内は各年度の決算報告書における「税引前利益」。 注3:2025年度第3四半期の営業利益は、売上総利益から販売費及び一般管理費を引いて算出。  

B. 売上分析(2022年度~2024年度および入手可能な2025年度データに焦点)

1. 地域別セグメント(NIKEブランド)

ナイキブランドの地域別売上は、市場のダイナミクスを反映しています。

  • 2024年度 : 北米は最大の市場でありながら214億ドル(報告ベース・為替中立ベース共に1%減)と減収。EMEA(ヨーロッパ・中東・アフリカ)は136億ドル(報告ベース1%増、為替中立ベース0%)。中華圏は75億ドル(報告ベース4%増、為替中立ベース8%増)と回復・成長を示しました。APLA(アジア太平洋・ラテンアメリカ)は67億ドル(報告ベース・為替中立ベース共に5%増)でした。  
  • 2023年度 : 北米は216億ドル(18%増)と力強い成長。EMEAは134億ドル(報告ベース8%増、為替中立ベース21%増)。中華圏は72億ドル(報告ベース4%減、為替中立ベース4%増)で、年度前半は新型コロナウイルス政策の影響を受けました 。APLAは64億ドル(報告ベース8%増、為替中立ベース17%増)でした。  
  • 2022年度 : 北米は184億ドル(7%増)。EMEAは125億ドル(報告ベース9%増、為替中立ベース12%増)。中華圏は75億ドル(報告ベース9%減、為替中立ベース13%減)と大幅な落ち込み。APLAは60億ドル(報告ベース11%増、為替中立ベース16%増)でした。  

2025年度第3四半期のNIKEブランド売上高(109億ドル)は、全地域で減少しており 、これは2024年度の地域ごとにまだら模様だった状況と比較して懸念される展開です。特に中華圏は、2024年度に力強い回復を見せた後 、2025年度第3四半期には「中国などの主要市場での需要低迷」が指摘されており 、この主要市場の回復が脆弱であるか、新たな逆風に直面している可能性を示唆しています。これは、ナイキの中国における業績が現地の経済状況、消費者心理、そしておそらくは競争圧力に非常に敏感であり、以前期待されていたほど予測可能な成長ドライバーではないことを示しています。  

2. 製品カテゴリー別(NIKEブランド)

製品カテゴリー別では、フットウェアが依然として最大の収益源ですが、成長率にはばらつきがあります。

  • 2024年度 : フットウェアは334億ドル(報告ベース・為替中立ベース共に1%増)と微増。アパレルは138億ドル(同0%)と停滞。イクイップメントは21億ドル(同20%増)と小規模ながら力強い成長を見せました。  
  • 2023年度 : フットウェアは331億ドル(報告ベース14%増、為替中立ベース20%増)と大幅増。アパレルは138億ドル(報告ベース2%増、為替中立ベース8%増)。イクイップメントは17億ドル(報告ベース6%増、為替中立ベース13%増)でした。  
  • 2022年度 : フットウェアは291億ドル(4%増)。アパレルは136億ドル(5%増)。イクイップメントは16億ドル(18%増)でした。  

2025年度第3四半期には、主要カテゴリーであるフットウェアの売上が減少し、これは過剰在庫と競争圧力に関連しているとされています 。2024年度にアパレル収益が横ばい(0%成長)であったこと 、また過去の年度においてもフットウェアと比較して成長が鈍化していることは、このセグメントにおける業績不振または競争激化の可能性を示唆しています。フットウェアがナイキの中核である一方、アパレルセグメントのダイナミズムの欠如は、全体の成長ポテンシャルを制限する可能性があります。  

3. 販売チャネル別

販売チャネル別では、D2Cへの積極的なシフトとその後の調整が見られます。

  • NIKE Direct(D2C):
    • 2024年度: 215億ドル(報告ベース・為替中立ベース共に1%増)。NIKE直営店の6%増が牽引しましたが、NIKEブランドデジタルの3%減が響きました。  
    • 2023年度: 213億ドル(報告ベース14%増、為替中立ベース20%増)。NIKEブランドデジタルの24%増とNIKE直営店の14%増が貢献しました。  
    • 2022年度: 187億ドル(報告ベース14%増、為替中立ベース15%増)。NIKEブランドデジタルの18%増と直営店の10%増が主導しました。  
    • 2025年度第3四半期: 47億ドル(報告ベース12%減、為替中立ベース10%減)。NIKEブランドデジタルが15%減、NIKE直営店が2%減と、これまでの成長から急反転しています。  

D2Cへの積極的な推進は、当初NIKE Directの売上を押し上げましたが(2022年度、2023年度)、在庫の不均衡(2023年度第1四半期の記録的な高在庫水準 )やその後の大幅な値引き(2025年度第3四半期の売上総利益率低下 )に繋がった可能性があります。これは、D2C戦略が需要予測を上回ったか、あるいは在庫フロー管理を助ける卸売パートナーを疎遠にした可能性を示唆しています。2025年度第3四半期におけるNIKE Directの売上減少 は、これまでの問題と戦略的修正の直接的な結果である可能性があります。現在、「在庫整理」と「卸売関係の再構築」 に注力していることは、この解釈を裏付けています。  

  • 卸売:
    • 2024年度: 278億ドル(報告ベース1%増、為替中立ベース2%増)。  
    • 2023年度: NIKE Directと卸売事業双方で2桁成長を達成。  
    • 2022年度: 微減。  
    • 2025年度第3四半期: 62億ドル(報告ベース7%減、為替中立ベース4%減)。  

地域・製品・チャネル別収益構成(2022年度~2024年度)

セグメントタイプ 2022年度収益 (十億ドル) 2022年度成長率 (%) 2023年度収益 (十億ドル) 2023年度成長率 (%) 2024年度収益 (十億ドル) 2024年度成長率 (%)
地域別 (NIKEブランド)
北米 $18.35 +7% $21.61 +18% $21.40 -1%
EMEA $12.48 +9% (+12%*) $13.42 +8% (+21%*) $13.60 +1% (0%*)
中華圏 $7.55 -9% (-13%*) $7.25 -4% (+4%*) $7.50 +4% (+8%*)
APLA $5.96 +11% (+16%*) $6.43 +8% (+17%*) $6.70 +5% (+5%*)
製品別 (NIKEブランド)
フットウェア $29.14 +4% $33.14 +14% (+20%*) $33.40 +1% (+1%*)
アパレル $13.57 +5% $13.84 +2% (+8%*) $13.80 0% (0%*)
イクイップメント $1.62 +18% $1.73 +6% (+13%*) $2.10 +20% (+20%*)
チャネル別
NIKE Direct $18.70 +14% (+15%*) $21.30 +14% (+20%*) $21.50 +1% (+1%*)
卸売 $25.70 (推定) 微減 $27.50 (推定) $27.80 +1% (+2%*)
コンバース $2.30 +6% (+7%*) $2.40 +3% (+8%*) $2.10 -14% (-15%*)

カッコ内は為替中立ベースの成長率。卸売の2022年度、2023年度収益はNIKEブランド総収益からNIKE Direct収益を引いて推定。

C. 収益性分析

売上総利益率は、2023年度に原材料費、運賃、値引きの影響で43.5%に低下しましたが 、2024年度には価格戦略や運賃低下により44.6%に改善しました 。しかし、2025年度第3四半期には、値引き、在庫評価損、製品コスト増により41.5%へと大幅に悪化しました 。さらに、2025年度第4四半期には、旧在庫の積極的な売却により、売上総利益率が400~500ベーシスポイント低下すると予測されています 。  

ナイキの過去5年間の平均営業利益率は12.4%であり、競合のルルレモン(20.2%)と比較すると低い水準にあります 。これは、一部競合と比較した場合の経営効率改善の余地を示唆しています。  

販売費及び一般管理費(SG&A)は、2024年度に166億ドル(前年度比1%増)で、これには3億7,900万ドルのリストラ費用が含まれています。需要創出費用は43億ドル(6%増)でした。 2025年度第3四半期のSG&Aは39億ドル(8%減)で、需要創出費用は11億ドル(8%増)、営業諸経費は前年のリストラ費用や賃金関連費用の減少により28億ドル(13%減)となりました。  

D. 主要な貸借対照表およびキャッシュフローの洞察

在庫水準は、近年のナイキにとって大きな課題でした。2022年度末にはサプライチェーンの混乱により前年同期比23%増の84億ドルに達し 、2023年度第1四半期には納品遅延と積み上がりにより過去最高の97億ドル(同44%増)を記録しました 。その後、在庫管理の進展が見られ、2023年度末には85億ドル(前年同期比横ばい)、2025年度第3四半期末には75億ドル(同2%減)と、製品構成の変化を反映しつつ減少傾向にあります 。経営陣は2026年度を通じて在庫整理に注力する方針です 。  

負債水準については、ナイキは中程度の負債レベルで運営していると評価されています 。2024年6月時点(おそらく2024年度末)の総負債は119.5億ドルでした 。  

キャッシュフローに関しては、ナイキは強力なフリーキャッシュフロー創出力を有しており、直近では50億ドルを超えています 。2024年度末の現金及び現金同等物・短期投資は115.8億ドルでした 。2025年度第3四半期には、営業活動によるキャッシュ創出が自社株買い、配当、設備投資を上回り、現金及び現金同等物・短期投資は104億ドルへと0.2億ドル減少しました 。  

E. NIKEブランドとコンバースの業績比較

NIKEブランドが収益の大半を占める一方、コンバースブランドは近年苦戦しています。

  • コンバース:
    • 2024年度: 21億ドル(報告ベース14%減、為替中立ベース15%減)。北米と西ヨーロッパでの減少が響きました。  
    • 2023年度: 24億ドル(報告ベース3%増、為替中立ベース8%増)。北米が牽引しましたが、アジアでの減少が一部相殺しました。  
    • 2022年度: 23億ドル(報告ベース6%増、為替中立ベース7%増)。  
    • 2025年度第3四半期: 4億500万ドル(報告ベース18%減、為替中立ベース16%減)。全地域で減少しました。 コンバースはNIKEブランド全体と比較して、より大幅かつ一貫した減少傾向を最近示しており、同ブランド特有の課題があることを示唆しています。  

IV. 業績に影響を与える主要因と戦略的対応

ナイキの近年の業績は、新型コロナウイルスのパンデミック、サプライチェーンの混乱、マーケティング戦略の転換、競争環境の激化、マクロ経済状況など、複数の要因が複雑に絡み合って形成されています。これらの課題に対し、同社は戦略的な対応を進めています。

A. 新型コロナウイルス感染症パンデミックの影響とD2C戦略の進化

パンデミック初期には、店舗閉鎖により7億9,000万ドルの四半期損失を計上しましたが、一方でデジタル売上は75%急増し、総収益の30%を占めるに至りました。これは2023年まで達成できないと予想されていた目標でした。 これを受け、ナイキ経営陣はD2C事業の成長を加速させるため組織再編を行い、将来的には売上の50%をデジタル経由とすることを目指しました。 これには、過剰生産の抑制や収益性の低い卸売アカウントの削減が含まれていました。  

しかし、この積極的なD2Cシフトは、小売業者との関係を緊張させ、一部アナリストによれば製品イノベーションを希薄化させ、ブランドを「取引偏重」にしたとの批判も招きました。 2025年度第3四半期のNIKE Direct売上の12%減少 や、2024年度第4四半期のNIKEブランドデジタルの10%減少 は、D2C偏重モデルの課題か市場調整を示唆しています。経営陣は現在、「卸売関係の再構築」に注力しています 。この一連の動きは、ナイキの近年の課題が単独で存在したのではなく、相互に関連していたことを示しています。積極的なD2Cシフトが卸売関係の緊張と在庫管理問題を引き起こし、サプライチェーンの混乱がこれらの在庫問題を悪化させ、同時期のマーケティング戦略の失敗がブランド認知を損ない、マクロ経済的圧力が消費者を価格に敏感にさせたのです。  

B. サプライチェーンの混乱と緩和努力(2020年~2024年)

ナイキは、ベトナムなどの工場閉鎖、港湾混雑、輸送遅延、労働力不足、原材料供給の変動といったサプライチェーンの混乱に直面しました。 これらの問題はパンデミックによって悪化しましたが、地政学的緊張などにより2024年まで継続しました 。初期の品不足は、生産が遅延した需要に追いつき、それを上回るにつれて、過剰在庫へと転じました。 特に2023年度第1四半期には、在庫が前年同期比44%増の97億ドルという記録的な水準に達しました。  

これに対しナイキは、当初は在庫確保のために発注を増やしましたが、これが後に過剰在庫の一因となりました 。その後、売上総利益率への影響を許容しつつ、積極的な値引きや在庫処分を進めました。 さらに、地政学的リスクの低い地域への製造拠点のシフトや、より安定した物流網を持つ国での生産拡大など、サプライチェーンの多様化を図りました。 また、リアルタイムのサプライチェーン可視化、ボトルネック特定、リスク軽減のため、高度な分析、AI、機械学習といったデジタル技術への投資を大幅に増やしました。 2024年の混乱は「重大な危機」と表現されるほど深刻で、ジャストインタイムの在庫管理慣行が厳しく試されました 。  

C. マーケティング戦略の進化と主要キャンペーンの影響

2020年以降のドナホー前CEO体制下では、デジタル変革とD2Cに大きく傾倒し、アスリート主導のストーリーテリングが後退し、ブランド構築への投資が過少になったと指摘されています。 この戦略は、小売業者との関係悪化、製品イノベーションの希薄化、ブランドイメージの「アルゴリズム的」「取引偏重」化を招き、結果として2024年度第4四半期の北米売上8%減や市場価値の低下に繋がったと分析されています。  

エリオット・ヒル現CEOの復帰に伴い、「Let Nike be Nike again(ナイキを再びナイキらしく)」をスローガンに、スポーツ、パフォーマンス、人間の可能性、アスリートとの協業といった原点回帰の戦略へと転換しました。 2025年2月のスーパーボウルで放映された「So Win」広告は、エリート女性アスリートを起用し、エンパワーメントのメッセージを込めたもので、ブランドイメージの再構築を目指す動きと見られています。 しかし、この広告は、過去の(その後改善されたものの)アスリートの妊娠に対するペナルティ問題などから、「パフォーマンス的」との批判も一部で受けました。 ドナホー前CEO時代の戦略的転換が、「価値提案の認知低下」や「消費者離れ」 に直接繋がり、それが売上減少に結びついたと考えられます。現在のスポーツとアスリートのストーリーテリングへの回帰は、この因果関係を逆転させようとする明確な試みです。  

D. 競争環境

ナイキは、伝統的な競合であるアディダスに加え、プレミアムアスレジャー市場で強力なニッチを築いたルルレモンといった企業との競争に直面しています。ルルレモンは、特定の顧客層への集中、強力なD2Cチャネル、プレミアム価格戦略により、ナイキよりも高い営業利益率(ルルレモン20.2%に対しナイキ12.4%)を達成しています。 また、ジムシャークやファブレティクスのような新興ブランドも、高品質な製品と積極的なEコマース戦略で急速に成長しています 。2024年にはナイキ製品に対する消費者の飽きや価値提案の低下が指摘されており 、ナイキは既存の巨大企業と機敏なニッチプレーヤー双方に対して、差別化と価値提案を維持するという課題に直面しています。  

E. マクロ経済環境

パンデミック後のインフレ上昇と景気後退懸念は、消費者の購買行動を変化させ、高価なブランド品よりも価格重視の製品へとシフトさせました。これが小売業者の在庫構成のミスマッチを引き起こしました。 また、中国やベトナム(ナイキの主要生産拠点)からの輸入品に対する関税引き上げの可能性は、利益率へのリスクとなります。 為替変動もナイキの業績に影響を与えており、例えば2024年度の売上総利益率は不利な為替変動によって一部相殺されました 。地政学的緊張も2024年のサプライチェーン混乱の一因となりました 。  

F. 最近のリストラとコスト管理イニシアチブ

ナイキは2024年度に、組織合理化のため主に人員削減関連で3億7,900万ドルのリストラ費用を計上しました。 これはEPSに0.22ドルの影響を与えました。 2025年度第3四半期には、販売管理費が8%減少し、特に営業諸経費は前年のリストラ費用や賃金関連費用の減少により13%減少しており 、コスト削減策が一定の成果を上げていることを示しています。  

ナイキの象徴的なブランド力をもってしても、戦略的失敗、経営課題、市場環境の変化は、最強のブランドにさえ大きな影響を与える可能性があることを近年の状況は示しています。「消費者離れ」 は、説得力のある製品イノベーション、効果的なマーケティング、そして適切に管理されたバリューチェーンなしには、ブランドロイヤルティだけでは業績を維持できないことを示唆しています。  

V. 経営陣による見通しと将来の戦略的優先事項

A. 最近の経営陣コメント概要(2024年度第4四半期および2025年度第3四半期決算説明会、投資家イベントより)

ナイキ経営陣は現在の逆風を認識しており、2024年度第4四半期にはライフスタイル製品とデジタル販売の落ち込みが全体の業績に影響したと述べています 。2025年度第3四半期決算でも減収と利益率の低下が報告されました 。  

2025年度通期の見通し(2024年度第4四半期決算説明会時点)では、報告ベースの売上高が1桁台半ばの減少、特に上半期は1桁台後半の減少を見込んでいます。売上総利益率は10~30ベーシスポイントの改善が期待されています。 しかし、2025年度第4四半期の見通し(2025年度第3四半期決算説明会時点)はより厳しく、売上高は10%台半ば(13~15%)の減少、売上総利益率は在庫整理のため400~500ベーシスポイント低下すると予測されています。 これは非常に厳しい短期的な見通しです。  

短期的な困難にもかかわらず、経営陣は長期的な競争優位性と成長に自信を示しています 。CFOのマシュー・フレンド氏は、2025年度第4四半期が在庫対策の影響を最も大きく受ける時期であり、2026年度には状況が改善すると予想しています 。この経営陣の見通しと戦略的優先事項は、ナイキが現在、短期的には痛みを伴う可能性のある、しかし必要な大規模な経営・戦略的リセットの途上にあることを示唆しています。在庫整理を目的とした2025年度第4四半期の非常に弱い売上・利益率ガイダンスは、長期的な健全性(2026年度の正価販売改善)のために目先の財務的打撃を吸収する意思の表れです。  

B. 主要な戦略的柱とイニシアチブ

ヒルCEOが2025年度第2四半期以降に導入した「Win Now」戦略は、5つの優先行動、5つの競技分野、3カ国(米国、中国、英国)、5都市に焦点を当てています。 特に、アスリートのストーリーテリング、パフォーマンス製品、大規模なスポーツイベントを通じてスポーツを前面に押し出すことを重視しています 。この戦略は、ナイキの歴史的なブランド構築の強みを明確に反映しており、ドナホー前CEO時代に批判された「取引偏重」「アルゴリズム的」アプローチからの意図的な転換であり、ナイキを象徴的な存在にしたものへの回帰を表しています。  

製品イノベーションは戦略の中核であり、「新しい製品イノベーションでアスリートに貢献すること…それが最も重要」とされています。 バスケットボール、フィットネス、ランニングなどのパフォーマンスカテゴリーに注力し 、イノベーションのペースと一貫性を加速させています。「Express Lane」や新しい「Speed Lane」を活用し、より迅速な製品開発と2025年度下半期の新フランチャイズ立ち上げを目指しています 。2025年末までに新規イノベーションの成長を倍増させるというコミットメントも掲げられています 。  

市場再編とブランド勢いの再燃も重要課題です。スポーツを通じてブランドの勢いを再燃させ 、ブランド文化を強化し 、定番フットウェアフランチャイズの供給を管理することで市場での地位を強化します 。  

市場戦略としては、2026年度を通じて在庫を整理し、正価販売を強化することに注力します 。また、以前のD2C偏重からの方針転換として、卸売関係の再構築も進めています 。D2Cおよびデジタルイノベーションへの継続的な投資 と並行して「卸売関係の再構築」 に言及していることは、よりバランスの取れたオムニチャネルアプローチへの戦略的再調整を示唆しています。これは、過度に積極的なD2C推進が主要なパートナーを疎遠にした可能性があり、市場リーチと在庫管理のために健全な卸売チャネルが依然として不可欠であるとの認識を示唆しています。  

C. 現在の課題への取り組みと将来の成長への道筋

在庫管理は最優先事項の一つであり、短期的な利益率への圧力を許容してでも、過剰在庫の解消と旧在庫の整理を進めています。 2024年度第4四半期に見られたライフスタイル製品の落ち込みに対処し 、NIKEデジタルの減少傾向を好転させることも課題です 。また、トラフィックの鈍化や販促の増加といった消費者動向にも対応しています 。コスト効率に関しては、2024年度のリストラが組織合理化を目的としており 、2025年度第3四半期には営業諸経費の減少が見られました 。  

VI. 結論

2025年5月現在、ナイキは重大な岐路に立たされています。同社は戦略転換、サプライチェーンの混乱、厳しいマクロ経済環境の後遺症と格闘しており、これらが財務実績と株価評価に影響を与えています。直近の2025年度第3四半期決算および短期的な2025年度第4四半期のガイダンスは弱く、進行中の在庫整理と市場再編の取り組みを反映しています。

主要な機会:

  • ブランド力: ナイキの象徴的なブランドは依然として重要な資産です。効果的なブランド構築とアスリート中心のマーケティングへの回帰は、消費者需要を再活性化させる可能性があります。  
  • イノベーションパイプライン: 「Speed Lane」や新規イノベーション成長の倍増といった製品イノベーションへの新たな焦点は、新しいフランチャイズへの期待感を生み出し、需要を牽引する可能性があります。  
  • 市場の再均衡: D2Cと卸売のよりバランスの取れたアプローチは、小売パートナーシップを修復しつつ、リーチと収益性を最適化する可能性があります。  
  • 国際的成長: 中華圏のような主要市場での回復と成長の可能性(ただし、成功裏に舵取りできた場合)。  
  • バリュエーション: 株価の低迷は、事業再建ストーリーを信じる長期投資家にとって魅力的なエントリーポイントを提供する可能性があります。  

主要なリスク:

  • 実行リスク: 「Win Now」戦略やその他の再建策の成功は、複雑なグローバル環境における完璧な実行に大きく依存します。  
  • 在庫問題の長期化: 過剰在庫を効率的に解消できなければ、2025年度以降も利益率と収益性の重荷となり続ける可能性があります。  
  • 競争圧力: ナイキのイノベーションと価値提案が揺らげば、既存の有力企業(アディダス)や機敏なニッチブランド(ルルレモンなど)との激しい競争により市場シェアを失う可能性があります。  
  • マクロ経済の逆風: 持続的なインフレ、個人消費の弱さ、不利な貿易政策などが、需要をさらに押し下げ、コストを圧迫する可能性があります。  
  • ブランド再エンゲージメント: ブランド価値が希薄化したと認識された期間を経て、消費者の信頼と期待感を再構築するには予想以上の時間がかかるかもしれません。  

総括的見通し: ナイキの前途には、短期的に重大な課題を乗り越える必要があります。成功は、特に製品イノベーション、ブランドメッセージング、市場管理において、経営陣が戦略的リセットを効果的に実行できるかどうかにかかっています。投資家は、今後数会計年度における持続可能な収益成長、利益率の回復、市場シェア拡大の兆候を注視することになるでしょう。ナイキは本質的に「事業再建の試練」に直面しています。社内の戦略的修正(マーケティング、D2Cバランス、イノベーション重視)と外部からの圧力(競争、マクロ経済)が交錯し、一か八かの環境を生み出しています。同社が多面的な「Win Now」戦略 を成功裏に実行できるかどうかが、成長軌道を取り戻し、投資家の信頼を回復できるかを決定づけるでしょう。ナイキの厳しい短期的な見通し(2025年度第4四半期の弱いガイダンス )と、経営陣が表明する長期的な成長への自信 との間には明確な緊張関係が存在します。この二分法が、短期から中期にかけての投資家心理と株価パフォーマンスを左右する可能性が高いと考えられます



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広島在住のサラリーマン。
米国、日本、ベトナムの個別株・ETF・投資信託をMIXして長期運用しています。


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